
酬徳記念館内は数人の巡礼者のみが居ただけで、日曜日にしては閑散としていました。誕生日イベントの当日でもこんな感じなのか、と妙に感心してしまいました。けいおんカフェも臨時休業でしたし、観光案内所もほとんど無人でボランティアスタッフしか居ませんでした。
もともと豊郷町は、観光コンテンツの整備にあまり力を入れていないと言われています。観光客を呼び寄せる努力をしている形跡があまり感じられません。隣の彦根市や東近江市の熱心さとは対照的です。

ミカさんが「これいいですねー」と展示写真の一つを指さしました。
「だから私もこの前はねんどろいどを持参して撮影したんですよ・・・」
「そうだったですね。綺麗な写真でしたね」
「ええ、太陽の傾きも計算して撮影タイミングを見計らいましたので」

続いて隣の写真も楽しそうに見ていました。
「これは、ここ(酬徳記念館内)で撮ってますよね」
「一階のテーブル席で南を向いての撮影ですな」
「いいなあ、こういうの。ねんどろいど揃えて撮影したくなっちゃう」
「やったらいいじゃないですか」
「でも、ねんどろいどは今は手に入りにくいんでしょうね」
「そんなことはない。アニメショップの大型店舗やリサイクル系ショップではけっこう見かけますよ」
「幾らぐらいで買えるんですか?」
「中古だと二千円するかしないか、ですかね。箱無しだと安いのは千円以下になりますね」
「じゃあ、格安で五人揃えるなら、五千円ぐらいですか・・・。」

「これ、映画館の入場特典カードですよ。五種類全部揃ってるの初めて見ました」
「ミカさんは何度か観に行ったんでしょう?」
「はい。三回です。でもカードは二回は同じ梓でしたので、唯との二種類だけです」
「ゆいあず、ですか・・・」
「そうそう、ゆいあず」
「こういう特典のカードって、かなりあったみたいですな」
「ええ、三年生四人の詩のやつ、あずにゃんが先輩達に一枚ずつ書いた御礼の手紙のやつ、映画クリアポスターと同じデザインのやつ、あと映画ヒットで特別に感謝記念のやつもあったですね。それから、えっと、正月限定の着物バージョンのやつ、ロンドン旅行の飛行機とのコラボのやつ・・・・」
「そんなにあったのか、飛行機とのコラボっての、見た事無いなあ」
「それ、持ってますんで、今度持ってきて見せますよ」

「きゅんキャラですねー、いっぱい並んでますねー」
「来るたびに増えているみたいですな」
「今も集めてる人が沢山居て、寄贈してくるんでしょうね」
「でしょうな」

一階に戻ってからは、上図のきゅんキャラ展示コーナーに注目したミカさんでした。
「こういうの素敵ですよ、こういうのウチにも飾りたいかもー」
「飾ったらいいじゃないですか」
「このきゅんキャラは今でも買えるんですか?」
「一番くじの景品なんで新品は無理ですがね、中古品ならホビーオフとかで結構見かけますね」
「ホビーオフですか、安いので200円ぐらいじゃないですか?」
「ああ、それぐらいですな。でも全部で6種あるから、揃えるのは手間がかかるよ」
「あー」

キャラクター毎にセリフのカードが付けられてあります。どの話のセリフだったかな・・・。

外に出ると、有料イベントが休憩時間になったようで、大勢の参加者が講堂の外に出てきていました。仮設テントの販売コーナーや飲食コーナーが賑わっていて、周囲の芝生で食べている人も居ました。ざっと200人ぐらいは居たようです。

「ミカさんは、ああいうイベントには参加したことある?」
「無いです。興味もありませんし」
ミカさんは、「けいおん」放送時は現役高校生で、2期の放映時には平沢唯たちと同じ3年生でした。進路に悩み、受験もなんとか頑張り、学園祭では軽音部の一ユニットに属してリードギターを担当していたそうです。まさに「けいおん」のキャラクターと同じような日々を過ごしていたわけですが、それだけに「けいおん」には共感が大きく、また「けいおん」に大事な事を沢山教えてもらってきたのだそうです。
以前に、一番くじのフェアに何度も行った時の事を、こう語ってくれたことがあります。
「HTTは、私にとっては同級生の仲間なんです。進路に悩んだのも唯とおんなじ。珍しい経験が多かったのもムギとおんなじ。一番くじの景品だって、HTTの仲間から何かを貰うっていうような嬉しさがあったんです。一回500円とかは高かったんですけど、でも景品貰ったら、夢と勇気と元気も貰える。だから前を向いて、真剣に買ってくじ引いたんです。何が当たっても、頑張るぞって気持ちにさせられたから、あれは本当に良かったですよ」
このミカさんの言葉に、「けいおん」がなぜヒットして爆発的な人気を博したか、の答えの一つが示唆されているように思います。
ミカさんの高校では、クラスメイトの皆も「けいおん」に熱中していて、みんなでローソンに買い物に行き、一番くじを引いて、ダブリ分をみんなで交換しあって楽しんでいたそうです。欲しいプライズ品があると、友達を誘ってゲーセンに行き、結果に一喜一憂して騒いでいたそうです。軽音部の人数が一挙に四倍に増え、ミカさんのいたユニットも含めて六つのバンドが競って活動していたそうです。
そのような話を聞くことで、けいおんシリーズの全盛期において、ファンの最先頭をきっていた女子高生ファン層の有り方がどのようであったかが伺えます。彼女たちが「けいおん」に感じていたのは、おそらく、同世代ならばでの「共感」と「仲間意識」、だったのでしょう。
なので、ミカさんが今回の有料イベントに興味が無かったのも頷けます。

駐車場には、けいおんの痛車も何台か停まっていましたが、ミカさんは一瞥だにくれずに門へと向かいました。

そして、門の所で回れ右をして立ち止まり、背筋を伸ばした綺麗な姿勢で、深くお辞儀をしたミカさんでした。その後、照れくさそうにこう言いました。
「豊郷小は桜高そのままです。私たちの高校時代の記憶も夢もみんな鮮やかなままに思い出して再び楽しめそうです。でもHTTの仲間は卒業していきましたし、私たちの高校時代も同じ昔の一コマです。この門から出たら、過去よりも未来を見つめたい気持ちになるんです。だから、帰る時はきちんと挨拶して、気持を入れ替えるんですよ」
さすがですな、ミカさん!! (続く)